硫黄島からの手紙を見て
硫黄島からの手紙を見て
少し時期的に遅れていますが、硫黄島における日米の戦いが終結したのが、1945年3月26日なので、この機会に映画レビューを書いてみようと思いました。
硫黄島の戦いとは
太平洋戦争末期の1945年になり、マリアナ諸島を占領したアメリカ軍はB29によって日本本土の空爆を開始しました。
マリアナ諸島から日本本土に飛来するB29は護衛をする戦闘機を随伴できなかったため、損害を恐れて、効果的な爆撃をすることが出来なかったそうです。
そのため、B29の中継拠点として、硫黄島をアメリカ軍が占領することになり、硫黄島を巡る戦いが始まったのです。
映画は、その硫黄島の戦いの開始される少し前から始まります。
映画の感想
映画の感想としては、太平洋戦争時の兵士達が考え、感じていたことがとてもリアルに表現されていました。特に、アメリカに留学経験があり、アメリカ人の友人を持ちつつも、軍人として職務に忠実であろうとする栗林将軍の演技や描写なども非常に秀逸だったと思います。
また、その当時の日本が1個の戦争をするための機械となっていったと言うことが感じられました。
映画の1シーンで二宮和也扮する西郷に赤紙が届き、招集されていく際、西郷の妻花子が招集しないように懇願するシーンで、愛国婦人会と思われる婦人よ り、「私も家族を戦争にやっているのです」と言って花子を一括するシーンがその当時の日本の状況を端的に現したものだと思います。
本来は、戦争に行きたくない、協力したくないと言った思いを抱いていても、周りが従っている様子を見て、自分だけそれを免れることが出来ないと言った思いを国民全体で抱いてしまったことが、再現のない、国民の戦争協力へとつながっていったのではないかと感じられました。
考えたこと
歴史的出来事を題材とした映画を見ることで、現在への教訓とする場合、「硫黄島からの手紙」からは何を学び取るべきでしょうか。
硫黄島を巡る戦いは、民間人を巻き込んでいないという点、日本軍が非常に善戦をした点で、沖縄戦よりも悲劇的な語り口で語られることが少ないように思われますが、そこで戦っている兵士は、徴兵されるまでは普通の国民として生活していた人であったと言えます。
また、そこで戦った兵士達は自分たちががんばることで、日本を守ることが出来る、家族を守ることが出来る、と信じて戦ったと言えます。
ただ、硫黄島で戦った兵士にとって気の毒なことに、硫黄島での日本軍の善戦はアメリカ軍の空襲を遅らせることは出来ましたが、硫黄島陥落後の日本本土の空襲を食い止めることは出来ませんでした。
むしろ、日本本土が空襲にさらされつつも継戦をあきらめなかった当時の政府の判断によって、日本全土が空襲によって破壊されることになったと言えます。
私が、この映画で考えさせられたことは、国、政府と言ったものの提唱する国民の戦争協力に対しては、疑問を持ち続けなければならないと言うことだと思い ます。政府への疑問を封じ込めたり、それを他者にも要求するような状況になった場合には、再び、戦争の悲劇につながると思います。
国家が、国民を戦争に近づけるような行動に対して、注意をし、疑っていかなければらならないと言うことが、硫黄島だけでなく、戦争から、学んでいくことではないでしょうか。