最高裁が名古屋高裁へ差し戻しの判断
4月6日、名張毒ぶどう酒事件の特別抗告審に対し、最高裁は「原決定を取り消す」「本件を名古屋高等裁判所に差し戻す」との決定を出しました。
「再審開始」でもなく、「棄却」でもない、この「差し戻し」という決定を、どう捉えればいいのでしょうか。
名張毒ぶどう酒事件は、連日の報道によりご存じの方も多いと思いますが、1961年に三重県と奈良県の県境にある名張市葛尾という部落で起こった事件です。生活改善クラブの懇親会で、女性たちにふるまわれたぶどう酒の中に農薬が混入され、5人が死亡、12人が中毒症状を起こしたこの事件は、ぶどう酒の運搬に関わった3人が重要参考人として連日取り調べを受け、そのうち奥西勝さんが嘘の自白をし、犯人とさせられてしまったものです。
奥西さんは起訴直前に自白を撤回し、以後一貫して無実を主張しています。1審は津地裁にて無罪判決が出されましたが、2審の名古屋高裁で逆転死刑判決、そして最高裁で死刑が確定されてしまいます。それでも奥西さんは再審の請求をし続け、第7次再審請求において、2005年4月5日、ついに名古屋高裁にて再審開始決定がなされます。事実上の無罪判決と言っていいほど完璧な内容で、誰もが再審開始を確信していた矢先、2006年12月26日、まさかの再審開始を取り消す不当決定が出てしまいました。
弁護側はもちろん即座に特別抗告の申立をし、その決定が先日出された「差し戻し」決定という訳です。
再審の請求をするには、以下の理由がなければいけません。
1.証拠となった証言・証拠書類などが、虚偽であったり偽造・変造されたものであったことが証明されたとき。
2.有罪判決を受けた者を誣告した罪が確定判決により証明されたとき。
3.判決の証拠となった裁判が、確定裁判によって変更されたとき。
特許権、実用新案権、意匠権、商標権侵害で有罪となった場合、その権利が無効となったとき。
4.有罪判決を受けた者の利益となる、新たな証拠が発見されたとき。
5.証拠書類の作成に関与した司法官憲が、その事件について職務上の罪を犯したことが確定判決によって証明されたとき。
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そこで、名張毒ぶどう酒事件では、次のような新証拠を提出していました。
■新証拠1
ぶどう酒の王冠は、封緘紙をはがさなくても開けることができる。
(開栓したことが分からないような偽装的開栓が可能であるとする実験報告)
■新証拠2
ぶどう酒の王冠は歯で噛んで開けられたものではない
(四つ足替栓の極端な折れ曲がりについて、人の歯では不可能であるとの鑑定書)
■新証拠3
犯行に使われた毒物は、ニッカリンTではなかった。
(本件毒物がトリエチルピロホスフェートを含まない別のテップ剤の疑いがあるとの鑑定書)
■新証拠4
ぶどう酒を火ばさみで開栓したという自白は信用できない
(火ばさみでつきあげて開栓する方法では本件封緘紙のようにはならないとの鑑定書)
■新証拠5
ぶどう酒の色問題
(ニッカリンTにはフクシンという着色料が含有され、混入後のぶどう酒は赤色を呈していたはずであるという報告書)
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そして、今回の特別抗告審において、上記証拠のうち新証拠3について、科学的知見に基づく検討をしたとはいえず、その推論過程に誤りがある疑いがあり、審理が尽くされているとはいえないとして、名古屋高等裁判所に差し戻すという決定がなされました。
現場に残された飲み残しのぶどう酒からは、中に混入された毒物がニッカリンTならば当然含まれている成分(トリエチルピロフォスフェート)が検出されませんでした。
検察官はそれを、「その成分が加水分解してしまったため検出されなかった」としていましたが、神戸大学の佐々木教授、京都大学の宮川教授により、「飲み残しのぶどう酒から検出されている毒の成分(TEPP)よりも加水分解速度が遅い」ことが証明されたのです。
毒の成分であるTEPPが検出されている限り、トリエチルピロフォスフェートも当然検出されるはずであり、それが検出されなかったのは犯行に使われた毒が違ったことを示します。毒物が違うという事は凶器が違うという事であり、自白の信用性が全くなくなる事を意味します。
これだけ重要な、科学的調査に基づいた証拠について、机上の空論であっさりしりぞけてしまった異議審こそがおかしいのであって、最高裁のいうように、「科学的知見に基づく検討」が全くされていなかったのです。
しかし、この事件は49年前の事件です。49年もかけて、「審理が尽くされていない」とは、いったい裁判所は何をやっていたのか。何故ここにきて、「再審開始決定」ではなく、「差し戻し」なのか・・・。
色々と不満が残る決定ではありますが、一番問題なのは、この差し戻し異議審がだらだらと更に時間がかかってしまう事です。84歳の奥西さんには、一刻の猶予もありません。 今回の決定の中で、田原睦夫裁判官が補足意見として、「本件は、事件発生から50年近くを経過し、また本件再審申立てから既に8年近く経過していることにかんがみ、差戻審における証拠調べは、必要最小限の範囲に限定し効率よくなされることが肝要であると考える」と書いてくれてはありますが、迅速な裁判のためには、何よりも市民の目で司法を監視していく事が何よりも大事なのだと思います。
名古屋北法律事務所では、事務局長の長尾を始め、3名の事務局員が「奥西さんを守る会」の事務局として頑張っています。是非、皆様の一層のご支援を宜しくお願いします。