低血糖脳症で意識不明に 医療過誤事件の報告
1 事案
Aさんは、平成16年8月8日夜、自宅で熱傷を負い被告病院に救急輸送されて集中管理病棟に入院しました。当初、整形外科の担当医師から、2〜3日様子を見て熱傷が重ければ手術、そうでなければ退院できると説明されました。
熱傷が重かったため、3日後に手術。そのころから発熱が続き、急性腎不全、敗血症等を併発し全身状態が悪化しました。何より血糖値が高かったため(377mg/dl)、13日よりインスリンの投与を開始、Aさんの血糖値を低めにコントロールしながら、2度の手術など熱傷の治療を続け、熱傷や腎不全等の症状は相当改善されてきていました。
ところが9月3日早朝、血糖値が23mg/dlと極端に下がり、意識障害。その後、Aさんの意識は戻りませんでした(平成19年1月に誤嚥性肺炎により死亡)。
2 なぜ?
前日の夜まで、妹さんと普通に会話していたAさんの突然の意識障害でした。
私たちは、Aさんが意識障害になったのは、被告病院がインスリンの副作用を軽視し、杜撰な血糖値管理をしていたからではないかと疑いました。Aさんは、深夜0時頃から、呼びかけても採血しても反応がないなど意識障害が疑われる症状であったのに、早朝5時40分の定期検査まで血糖値の検査を行っていなかったからです。
しかし病院側は当初、意識障害の原因が低血糖によるものであることさえ認めていませんでした。
そこで、弟さんがAさんの成年後見人となり平成17年11月提訴。Aさんが死亡したため相続人が訴訟手続きを受継しました。
3 判決
被告病院は、患者であるAさんに自律神経症状がみられないであるとか、患者が意識障害に至ったのは機能的副腎不全又は敗血症のためであり、当時医師には低血糖症状が予見できなかったであるとか、近年、低血糖脳症は発見時間によらず、脳にダメージを生じさせてしまうという研究が発表されているという報告例を引用し、もし低血糖症が意識障害の原因であるとしても、被告病院には結果を回避することはできなかった、などと主張しました。
しかし判決は、手術後の重篤な患者に対し血糖値を低めにコントロールするインスリン療法を採用したことは不適切とは言えないが、そのようなインスリン療法を採用した以上、「重大な副作用である低血糖を生じさせないように、病態等を適切に把握してインスリンの投与量を適切に調整するとともに、低血糖が疑われる臨床症状が見られた際には、速やかに血糖値を測定し、仮に低血糖状態にあればこれに対する処置を採るべき注意義務を負うところ、2日に夕食摂取量半減及び輸液変更後という低血糖の危険を高める事情があったにもかかわらず、3日未明に患者の血糖値を測定するなどの適切な処置をとらなかったことは不適切であり、もしも3日の午前1時から4時ころまでに血糖値を測定し、これに対処していれば意識障害という結果を避けることができた、と判示しました。
4 おわりに
インスリン治療は糖尿病の治療として一般的ですし、その副作用として低血糖症状をおこしやすいこと、低血糖状態になった場合にはすぐにブドウ糖を摂取すれば回復することもよく知られています。
そんな当たり前のことを、しっかりと認定してくれた判決でした。
被告病院は、その地域の中核となるべき市民病院でした。
亡くなられたAさんのご冥福をお祈りすると共に、今後の病院側の管理体制の充実に生かしてほしいと切に願います。