読書のしおり(7)好きな作家はあさのあつこ
今回は、番外編です。私の好きな「あさのあつこ」を私個人の独断と偏見にもとづいて紹介しますので、その辺を踏まえて読んでくださいね。
あさのあつこといえば「バッテリー」。「バッテリー」は数々の賞をとり、「バッテリー1〜6」のほかにもこの本のシリーズがある。この作品は映画になり、作者自身がクローズアップ現代というNHKのテレビにも出演し、数回前の新聞の日曜版の連載小説の作者でもあったから知っている人もいると思うが、児童文学の作者であるので知名度は低いかもしれない。
この本は、中学生の野球少年の話である。いじめが社会問題となったときに10年をかけて書いたという渾身の1作である。我が家の息子が中学生、高校生の時は母親の私は自分の子供でありながら何を考えているのかわからなかった。ほとんどしゃべらず、部活から帰ってくると黙ってご飯を食べて自分の部屋へ行く。「親はうざい」というオーラが私をよせつけない。作者はこうした中学生の生きづらさ、悩みに中学生の側から内面にアプローチしようとした作品である。私の息子は中学の時愛読していたが、この悩み多き年代にぜひ読んで欲しい。あさのあつこの作品は、自分の子供とその友達も参考にしているのだろうと思うが、小中学生、高校生までのそれぞれ年代、男女にマッチしているのでそれぞれの年代の子供たちに読んで欲しい。最近は、児童文学の枠をこえて社会への警鐘などや大人向けの小説、時代小説へと広がってきている。
なぜあさのあつこにひかれるのか?新しく出た本だけでなく、新聞に本の紹介文や人生相談の回答者としても短い文章がでているものは必ずチェックする。あさのあつこは、1950年代生まれ、私より少し年上である。東京で学生時代を送り、故郷岡山の田舎で歯医者さんと結婚し3人の子供にめぐまれる。外からみれば、何の不足もない生活であるにもかかわらず、歯医者の奥さん、子供のおかあさんと呼ばれることに満足できないで(満足できないというよりもっと切実に今の自分からなんとか変わりたいという突き動かされる衝動のようなものだと思うが)子供を幼稚園に送った後、家中のカーテンを閉め切って留守のふりして小説を書いたそうだ。この思いは働く女性には理解しがたいだろう。私の学生時代は「精神的自立=経済的自立」が当たり前のように語られた。自分の名前がなくなるのは本当に苦しい。毎日が幸せであっても。
加えて、あさのあつこの生き方が私にはとても魅力的である。あさのあつこの住む岡山の湯郷はかなりの田舎である。夫、親、兄弟もいるだろう。しかし、有名になっても、自分の意見は躊躇することなく発言する。憲法改悪、原発反対、政治について親として人間として正しいと思う自分の意見をいう。
高島屋の本屋でサインセールがあって、私は、生まれてはじめて1時間並んでサインをもらった。「子供がファンなので」(実際当時中学生だった息子も「バッテリー」や「ザ・マンザイ」が好きだったが息子は部活があるからといかなかった。)と子供の列の中に混じったミーハーである。どんな人か直接見たかったのである。本の裏表紙の写真のままだった。「私が作ったものですが」といってこいのぼりの張り絵のしおりをもらい「なによりもたいせつなこと」という本の裏に子供の名前を書いてもらい、他の子供と同じように握手をして写真まで撮ってもらった。
湯郷に学生時代の友人がいる。あさのあつこのファンだというと「ああ、歯医者の奥さんだよね。PTAもやっていたし、子供劇場の活動もしていたし、読書会もやってるよ。」
湯郷に温泉につかりに行って、友達に会って、あわよくば、あさのあつこに会いたい。
2013/10 /24 長谷川弘子