ホウネット通信

読書のしおり(6)山本一力「深川黄表紙掛け取り帖」

2013年09月27日

今回は、山本一力の「深川黄表紙(ふかがわきひょうし)掛け取り帖(かけとりちょう)」を紹介する。

 山本一力は2002年に「あかね空」で直木賞を受賞した作家であり、バブルで作った借金を返すために40歳を過ぎて職人のように文字を書いてきた作家であることはよく知られている。

 「深川掛け取り帖」は、金の絡んだ厄介事の後始末を請け負う蔵秀ら4人組の活躍を描く5編の連作である。第1話「端午の豆腐」は、雑穀問屋の丹後屋が発注の間違いで、普段50しか仕入れない大豆を500俵仕入れてしまい、その始末のために蔵秀を頼る話である。第2話「水晴れの渡し」は第1話の小豆仲買商の内紛話から第1話の敵をはめるというものである。第3話「「夏負け大尽」は紀伊国屋文左衛門から蔵秀と父親の雄之助が怪しげな依頼を受ける。蔵秀は依頼の裏を探る。第4話「あとの祭り」は、第2話、第3話の後始末。第5話「そして、さくら湯」は後日談であり、私の好きなハッピーエンドで終わる。

 この物語は元禄7(1694)年とされている。5代将軍綱吉の治世で、悪法「生類憐みの令」が発布されていた時期であり、第1話にも出てくるが、この時期は江戸時代のバブル期でもある。その象徴として豪商・紀伊国屋文左衛門が第3話に登場する。

 1980年代から1990年代のバブルの時代には日本中が金の魔力に化かされ、バブルがはじけた途端、それぞれが見ていた幻?夢?はあとかともなく消え、経済の破綻が今日も私達の暮らしを脅かす。山本一力もそうした一人であることは「家族力」という本の中で告白している。バブルで砕け散った山本一力だからこそ金の重みと戒めが名もなき市井の人々の暮らしの中で描かれているといえる。

 時代小説には、過去の美風・美点を再現するという特徴がある。山本一力は時代小説の中で武士ではなく、水売り、飯屋のおかみなど、江戸の底辺で、今を必死に生きている庶民が主人公のものが多い。時代小説といわれるものでは、藤沢周平、山本周五郎、山岡壮八など好きな作家は多いが、まず山本一力を紹介したのは今を精一杯生きることが難しい時代に、甘いほうへ、楽な方へといきそうな自分への自戒のために。

 直木賞の「あかね空」も、時代小説ではないが「ワシントンハイツの旋風」もお勧めです。

2013/09 /27 長谷川弘子

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