ローカル線2日で800キロ、ひとり旅(1) 参与・立木勝義
2010年4月9日
人生の終着駅がどこになるのかは誰も分からない。そんな年齢になって、仕事以外の何かを求めていた私であったが、やっと見つけたのは「ローカル線で全線制覇をめざせ」という雑誌だった。
国鉄が分割民営化されて23年。ずいぶんとローカル線が廃止や第三セクターになってしまい、北海道など大正時代に戻っている鉄道。また、当時同僚など1047名が国家的不当労働行為で解雇されており、その解決の道筋がやっとででくるとの情報をえて、列車での旅を始めてみたいと思いたった。
元国鉄職員であった私が、「青春18キップ」を利用するのは今回がはじめてである。1セット5回(日)分で1万1500円。ご存じかと思いますが期間限定(3月1日〜4月10日)のキップなのだ。まずは、近場の路線から実行に移すことが長続きの秘訣との助言もあり、2010年3月5日〜6日の一泊2日の旅に出た。名古屋・金山駅午前7時21分発の東海道線の快速列車で豊橋へ向かう。その先には昔の私鉄4社(三信、豊川、鳳来寺、伊那電気)を接合した日本最長ローカル線である飯田線(豊橋−辰野間195.7キロメートル)に乗り込むことにした。
時刻表の見間違い
飯田線は、豊橋発8時12分発の天竜峡行きに乗車予定であったが、この列車には乗ることができなかった。時刻表の見間違いで、もともと金山からの快速電車は豊橋到着が8時13分なのだ。
旅の早々から失敗である。つまりは、土休日用の到着時刻(豊橋到着8時07分)を見ていたためで、予定の電車に乗り遅れてしまって困った私は、8時19分の豊橋発、豊川止まりの電車の中で大型時刻表と睨めっこをすることになった。どう考えても次の普通列車では、本日の目的地である篠ノ井の宿には20時過ぎの到着となってしまう。ここはやはり、後からくる特急列車で前のスケジュールまで取り戻すしかないと判断し、本長篠から天竜峡までの間を特急ワイドビュー伊那路1号に変更することとなった。
「青春18キップ」は、特急には乗車できない決まりとなっているため、この間の乗車券1620円と特急料金の1150円が臨時支出となる。これも体験の一つして、やむなしと自分を納得させたのです。
隧道の多さは、日本一。労働争議の歴史も発見
特急が停車した水窪駅を過ぎるあたりから、急に車窓の風景が変わってきた。天竜川から断崖が聳え立ち、人を寄せつかない険しい渓谷がトンネルと鉄橋との間から顔をみせる。天竜下りの下車駅である天竜峡駅までに135以上のトンネルの多さは私にとって驚きでした。
雑誌「歴史でめぐる鉄道全路線」には、この区間の工事には、労働者として800余人の朝鮮人が働かされていたとのことで、ずいぶんと命をなくしたとのことです。また、昭和5年、過酷な労働と賃金支払いなどをめぐって労働争議「三信鉄道事件」が勃発し、当時29歳の自由法曹団員の若き天野末治弁護士が現地に赴き法律相談に応えて逮捕されたという歴史がある飯田線のことを、旅行後の3月13日の故安藤巌弁護士の偲ぶ会で配布された「輝かしい闘いの軌跡」弁護士天野末治弁護士を偲んでとの寄稿文に記されていることを発見した。
天竜峡で時間があったので、少し散策をすることにした。人形で有名な飯田市らしく、3月おひなさんの行事として店先にいろいろな雛人形の飾りをほどこしていた。駅前のそば屋さんに入ると手作りの紙雛が飾ってあった。そこでビールと「信州そば」をいただいた後、駅近くにどうだんツツジの名所があることに気がつく、地元の人に「見頃は桜が終わったころだよ」と教えてもらう。もう一度、立ち寄りたいところである。
アルプスが遠くから、お迎え
天竜峡13時02分発の普通列車が発車する。いよいよ辰野までの車窓が楽しめる路線だ。右に南アルプス、左は中央アルプスの山並みが続く。私は、右へ行ってはパチリ、左に移ってパチリと大忙しで、約3時間の乗車時間も気になることもせず、いつの間にか辰野駅に着いていたという感じなのだ。ローカル線の旅って、ほんとうに楽しいものだと一人悦にいる。
松本で約30分ほど発車待ちをして、17時35分に動き出した列車は、すっかり暗くなってきた安曇野の夜景を見送りながら北上する。篠ノ井駅の二つ前の駅=姥捨駅はスイッチバック構造の駅で、列車はいったんホームに停車した後に、バックし、また前進して、次の駅に向かった。右手の眼下には日本三大車窓として有名な善光寺平の大パロラマをながめて篠ノ井まで下っていく、もうすぐ篠ノ井である。
本日のお宿は中尾山温泉で
18時38分に篠ノ井の駅に到着。本日のローカル線の旅の終点だ。東海道線69.1キロメートル、飯田線195.7キロメートル、みどり線11.7キロメートル、その他9.5キロメートル、篠ノ井線66.7キロメートルの合計距離352.7キロメートル。
温泉好きの私は、長野駅のビジネスホテルではなく、川中島に近いところの「お見合い露天風呂」のある秘境の宿・中尾山温泉「松仙閣」に宿泊した。開業は古く1933年とあるからずいぶんと歴史のある旅館である。ただし、有名温泉地でもないので華やかさもなく出迎えは親父さんが一人という静かなものでした。
温泉の湯はやさしく、「お見合い露天風呂」も趣向があり、ほっとした夜である。明日は早いので早々に寝ることとした。
第一日目の終わりです。