『ぷらっとほーむ』権利擁護の人づくり講座 に参加して6(その1)
2013年5月2日
『ぷらっとほーむ』権利擁護の人づくり講座 に参加して(その1)
第6回講座 権利擁護を必要としている人たちの理解
事務局 福島
私が参加した人づくり講座のテーマは、主に障害を抱えるひとに対する理解を深める講座でした。午前の講師は、名東区障害者地域生活支援センターのセンター長小島一郎さんです。小島さんのお話は、まず障害といわれるものにはどんな種類があるのかを丁寧に説明され、では障害を持つ人に対してどう支えていけば地域で暮らせるようになるのかとの提案でした。
いわゆる3障害とは「身体障害」「知的障害」「精神障害」があり、近年では発達障害、高次脳機能障害、難病も認知されてきています。身体障害者手帳を持っている人は名古屋市で約8万5000人おり、これは例えば日進市の人口とほぼ同じだそうで、実は身体に何らかの障害を抱えた人はかなり多いということです。一言で身体障害といっても、その内容は視覚・聴覚・肢体の他、内部(内臓疾患・HIVなど免疫機能等)や言語障害など様々あり、障害者手帳を持つに至った経緯も、先天性の障害もあれば後天的な原因もあります。症状の度合いもかなり違い、慣れれば特に支障なく普通に生活することも可能です。
知的障害は、いわゆるIQ(知能指数)が年齢平均より低いために社会生活に支障がある人のこと。この障害は必ず先天性の原因であり、発達期に現れてくるのが一般的ですが、例えば18歳頃までは普通に成長しているように見えて大人になってから症状が現れ、社会生活に支障を来したために遡って手帳をとる人もいるようです。名古屋市では、知的障害者のみ愛護手帳が発行され、手厚い支援を受けられます。知的障害を持つ人は昔は自立が難しかったのですが、現在は福祉が発達し、軽度であれば普通に生活できる人もいるそうです。
精神障害は見た目にはわかりづらく、また前者2つの障害と違って服薬やカウンセリングなど医療との関わりが多く、本人の負担が大きい障害だそうです。突然大声を出したり幻覚が見えたり、女性だと化粧が乱れるなどの症状があり、社会生活に支障を来すものです。精神障害は後天的な障害で、「前は普通に生活できたのに」という本人の気持ちと社会一般のマイナスイメージから、障害者手帳を取得しない・そもそも病院にかかりたくないという人が多いようです。
発達障害は相手のことを理解しにくい=コミュニケーションが苦手だったり社会ルールが守れない人などを総括して言いますが、一方で特定の方面に秀でているいわゆる天才と呼ばれる人も多く、周囲の理解とサポートによっては非凡な才能を発揮します。高次脳機能障害は後天的な事故等の後、リハビリで身体は回復したものの、脳が何らかのダメージを受けたために性格が変わったり記憶が曖昧になったりする障害です。これは、昔なら助からなかった命であり、医学が発達したが故に出てきた新たな障害といえます。
難病の患者さんは、障害者手帳までは必要としないが、日常生活が困難な病気を抱えている人です。今年の4月から障害者総合支援法が施行され、この法改正により、130ほどの指定病で支援を受けられるようになったそうです。
?障害のとらえ方として小島さんが示したのは、「ICF:国際生活機能分類」というモデルです(http://www.geocities.jp/zizi_yama60/base/ICF.html参照)。これは、WHOが提唱した、人間と環境との相互作用を基本的な枠組みとして、ひとの健康状態を系統的に分類する図だそうです。
簡単に言いますと、社会活動をするにあたり、心身機能や身体構造によってそれに参加するのが困難な場合、外部の援助と本人の意思で参加可能になるというモデルです。「○○ができない」という具体的な事例があるとすると、それができないことによってどういう支障が出るのか、ではどう支援すればできるようになるのかということを社会で考えていきましょう、と提唱できる図なのだそうです。この図を参照すると、障害がない人も、時と場合によってうまくできないことがあり、それを周囲がサポートすることで社会生活がうまく回っていくという説明もでき、つまりは障害者もそうでない人も支え合う社会であるべき、と小島さんはお話しされました。「何ができないか」ではなく「何ができるか」と考えると、長所と短所は表裏一体であり、自分自身をも見つめ直すきっかけになります。?
最後に権利擁護についての小島さんなりの解釈が話されました。注意しなければならないのは、障害者を支援する側は、される側に強い影響を及ぼすので、自分の性格・傾向を把握して、相手への押しつけにならないよう努めなければいけません。良かれと思ってやったことが、本人には無用なことかもしれません。まして知的障害や精神障害の人は、言葉によるコミュニケーションが苦手な人々です。相手が何をしたいのか見極める必要があります。
知的障害の人は、本人より家族に話を聞くことが多いと思いますが、必ずしも家族が全て正しいとは言えない部分もあります。親の愛情ゆえに本人の成長を阻害することもあり、難しい面もあります。精神障害の人やその家族は、いつか治ると信じて病院に通い続けており、その苦労は量り知れません。いずれにしても、障害を持つ人の親は、自分が死んだ後のことをとても心配しています。親が元気なうちに、本人のことを知っている人間が増えていくのが理想です。そして場合によっては、家族に対して本人の代弁をしなければならないこともあるかも知れません。?
まとめとしては、社会で本人らしく暮らしていくことを社会全体で支えていきましょうということでした。小島さんが何度も繰り返していた言葉は「障害者というのは支援を必要としている人。その人に合った支援がされれば、社会の中で暮らしていける」です。身近に障害を持つ人がいないのでなかなか瞬時に動くのは難しいですが、少なくとも「障害者だから助けてあげなきゃ」とう単純な思考で接すべきではないことを、きちんと講義で説明を受けることができたのは刺激になりました。