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事務所だより

豆電球127  2014年のノーベル賞に思う

2014年10月28日

 2014年ノーベル賞は、青色発光ダイオードを発明した日本人研究者三氏が物理学賞を受賞し、さらに文学賞に村上春樹、平和賞に憲法9条を守り続けた日本の護憲運動が受賞するのではないかという期待が高まった。

 村上春樹は、作品に普遍的なメッセージが感じられないといった評価がある。以前に書いたが、村上春樹は、エルサレム文学賞を受賞した際のスピーチの中で、パレスチナ紛争を念頭に、得意の隠喩を用いながら、「壁」に押しつぶされるかもしれない「卵」の側に自分は立つと述べている。最近では、尖閣問題に関連して中国国内で村上の作品が書店から姿を消したという報道に関連し、政治的対立の中でも文化の交流を閉ざしてはならないと書いた。欲を言えば、世界で民族対立が激化したり、武力紛争が多発する現実世界にもう少しコミットした発言を発信して欲しいと私も思うのだが、それがないとしても村上作品の文学としての魅力は大きいと思う。いろんな読み方があると思うが、生と死、空想と現実、過去と現在、破壊と再生といった対立するカテゴリーに捕らわれている日常的な思考の硬直を解きほぐしてくれるような自由な想像力が織りなす物語を、理屈抜きで音楽を聴くように読むのが好きだ(私の場合、英語リスニングの訓練のために村上作品は文字通りオーディオブックで「聴く」対象となっている)。村上作品に頻繁に登場するモチーフの一つに「井戸」があるが、人間の心理の奥底、生物的な長い進化、生存競争の中で形成され、決して意識されることはないが、常に人間を突き動かそうと待ち構えている、得たいの知れない潜在意識への探求を感じる。

 平和賞では、マララ・ユサフザイさんが史上最年少で受賞した。イスラム過激派のテロの銃弾に負けない姿に世界の女性が励まされていることだろう。9条(を支える護憲運動)が平和賞候補になったことについては、周辺の意見は歓迎する声、冷めた声が相半ばしている。後者の意見は、現実主義的外交を展開したキッシンジャー元米首相補佐官、沖縄返還の際、核兵器持ち込みの密約を結んだ佐藤栄作らも受賞している平和賞に価値がないということを理由とする。しかし、それは平和賞の一つの流れに過ぎない。ネルソン・マンデラ、スーチー女史ら自由、差別の撤廃のためにたたかった人々が受賞してきたという流れもある。冷めた意見のもう一つの理由は、巨大な米軍基地を置き、自衛隊を肥大化させ、ベトナム戦争の兵站基地になった日本の現状、それを許している以上、9条の価値は低いというものだろう。しかし、9条の掲げる理想、非武装中立は、そんなに簡単に実現するものではないことは改めて言うまでもない。政権党が9条敵視を党是としている中で、大国でありながら戦後70年間、海外で戦闘行為によって一人の命を奪ったことがない国柄を作り、維持してきた9条とそれを支えた日本国民の世論の力は、アジアと世界でもっと評価されても良いのではないか。

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