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事務所だより

「喜怒哀楽を力にー自称青年弁護士の訟廷日誌」を聞く2 豆電球111

2010年4月22日

【第2のキーワード】 少年事件ー加害者、被害者の思いを受け止める

 94年8月、子供を集団リンチ事件で殺され両親が相談に来た。相談中、突然、机
を叩いて叱られた。「誠意がない」と。子供を殺された親の気持ちを理解しようとし
ていないという意味だった。自分は、不誠実な態度を取っていたつもりはなかった。
しかし、良く考えてみると、「たくさんの仕事の中の一つの相談」という心が態度に
出ていたのではないか。何年か後に、両親に謝罪した。

 集団リンチを受けた少年の親の精神的苦痛は大変なものだ。その事件で、私は集団
リンチを行った少年全員を被告として損害賠償請求訴訟を起こし、加害少年全員に対
して各5000万円の慰謝料を支払うことを命じる判決を取った。全少年の証人尋問
を行わせた。

 当時は、現在のような少年審判事件の中で被害者が記録を閲覧できるという制度が
なく、民事訴訟をやって裁判所から記録の取り寄せを求めるしか手がなかった。真実
が知りたいという両親の願いに応えたかった。
 調書を見ると、被害者にも過失があるかのような供述があった。加害者の供述に
よって被害者の姿や事件が歪曲されることがある。被告からは、過失相殺の主張も出
たが、徹底的に争い、上記の結論を得た。

 少年付添人事件では、鑑別所にいる少年に必ず「喜怒哀楽ノート」というものを書
かせている。「こんなところに入りたくないなら、君の思い出を書き出してほしい。
そうすれば、君は立ち直れる」と言って、大学ノートを差し入れることにしている。
鑑別所に入る少年の中には、親子関係も断絶している少年が少なくない。

 喜怒哀楽ノートを書いた少年が、書いた後に異口同音に言うのが、「みんなの人に
支えられて今の自分があることがわかった」ということだ。喜怒哀楽の気持ちは、テ
レビゲームを相手にしていては生まれない。必ずも、人との結びつきの中で生まれ
る。人とのつながりを思い起こさせることが大切だ。

 ノートに思い出を書き出していると、自分が大切な存在であること、そして、続い
て「自分が傷つけた相手のことも大事な存在なんだ」ということに気がつく。相手
も、親がいたり、友人がいたり、多くの人に支えられている。

 人間は、自己肯定感があって、はじめて他者への思いやりが持てるのではないか。

 少年の事件について、被害者、加害者の立場にたった仕事を重ねる中で、悲惨な少
年事件をどうしたらなくせるのか、加害者も被害者もないようにしたい。そんな思い
から、自分で地域に出て行って講演会を始めた。50回は超えたと思う。

 長野県で飯田高校生徒刺殺事件という事件があった。そのとき、第三者、学識経験
者による検証委員会が立ち上がり、委員長に就任するはめになった。そこでの論議に
基づき、アドバイサー制度といって、少年事件が起きると、被害者のもとに三名のア
ドバイサーを派遣する制度が出来た。

 「犯罪被害者を支える会」の活動も、その頃はじめたが、今でも続いている。
 最近担当した少年事件ーごく普通の窃盗事件だったが、自分の少年事件の取り組み
の集大成ができたと思っている。母子家庭だったが、少年に、自らテーマ設定させ、
テーマこどに作文させた。大学ノートで三枚以上書くように言った。

 「お母さん」「事件」「被害者への気持ち」等だつた。被害者への謝罪の手紙を書
かせた。裁判官への手紙は、長いものだったが、裁判官は、審判の席上、「三回読ん
だ」と言ってくれた。被害者からは、返事が来たが、少年の立ち直りを励ますような
内容だった。

 審判が終わった後、被害者と加害者を対面させ、話し合った。

 自分は、少年事件について、少年の審判が軽ければ軽いほど良い、という心情だけ
で取り組むことはない。「その子が二度と非行に走らないようにするためには、自分
に何が出来るのか」ということだ。事案によっては、少年院に行くべき事案もある。
そういうとき、私は「君の更生したいという気持ちはわかるが、まだその用意は十分
ではないと思う。少年院で頑張って欲しい」と送り出す。

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