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事務所だより

「フラガール」と資本主義の顔 豆電球No.26

2007年5月28日

「フラガール」と資本主義の顔

爽快感が残った。ストーリーはいたって単純であり、観賞に理屈も何も要らない。
何がいいかって、とにかく、蒼井優、蒼井優、蒼井優!!である。ピュアで透明、そして繊細。さりげなさ。長い黒い髪に黒い瞳、瓜実顔のまさに「日本の少 女」という感じのその笑顔といったら!中でも、蒼井優演じる高校生の谷川紀美子が、山雪泰子演じる平山まどかのダンスを窓ガラス越しに密かにのぞき見る シーンがある。髪を三つ編みに編んだ蒼井優が、憧れと密かな決意を心に秘めて、松雪のダンスをじっと見つめるシーン。
日本人、アジアの少女には三つ編みがよく似合う。最近見た映画では、「フラワーガール」の外、「パッチギ」の沢尻エリカ、チャン・イーモウ監督の「初恋の来た道」のヒロインのチャン・ツィイーが、ベスト3か。

映画のストーリーは、昭和40年、福島県いわき市の常磐炭鉱を舞台とする。経営が悪化し、炭鉱で働く労働者が次々と解雇されていく。その中で、炭坑の経 営者と労働者が危機に立ち向かい、町おこし事業として「常磐ハワイアンセンター」を立ち上げるー。ラストシーンは、そのオープニングセレモニーでのフラダ ンスである。蒼井優が、見事に、情熱的なフラダンスを踊るラストシーンは、感動的である。不況で沈みきった炭坑、真っ黒な炭鉱労働者たちの顔と、真っ赤な 衣装をまとったフラダンサーたちの躍動感溢れるダンスのコントラストが印象的な映画である。
感動的なのは、ラストシーンだけではない。紀美子の同級生である木村早苗が父親清二とともに常磐炭坑を去って北海道の夕張炭坑に向かうシーンがある。清 二は、炭坑を解雇される。解雇された日、帰宅した清二は、自宅でフラダンスの衣装を着て妹たちとはしゃぐ早苗を見て、殴りつける。やがて、早苗の父はト ラックに家財道具と早苗ら子供達を乗せて夕張に旅立つ。早苗は、紀美子に一緒にフラダンスをやろうと誘った親友だった。
映画では、会社の解雇とたたかう労働者の姿も描かれている。炭坑労働者がハワイアンセンターなんかやれるか、炭鉱労働者の娘や嫁をフラダンサーにさせて たまるか。紀美子の母親もその一人であった。清二は、「ヤマ」で生きてきた誇りを捨てることができなかった。炭坑労働者として働く道を選び、夕張に旅立 つ。早苗は、フラダンスの夢をあきらめることになったが、私は早苗が、そんな父親を思いやり、きっと内心では誇りに思っているのだろうと思った。そう思う と、目頭が熱くなった(早苗が向かった北炭夕張炭坑は、1984年に大規模な落盤事故を起こし、多数の炭鉱労働者が生き埋めになった)。「自分を変えた い」と思ってフラガールを目指した紀美子も、父について夕張に行った早苗も、いずれも胸を打つ。

「フラガール」は、資本主義の「かたち」というものを考えさせてくれる。
「フラガール」は、日本のエネルギーが石炭から石油に依存するようになり、各地の炭坑が閉鎖・縮小を余儀なくされた時代の実話をもとにした映画である。 炭坑娘たちにフラダンスを教える松雪泰子演じる平山まどか、ハワイアンセンター立ち上げの責任者である岸部一徳演じる吉本紀夫は、いずれも実在の人物をモ デルにしているという。
労使が一体となって、町おこしのために、雇用を作り出すために立ち上がる姿は、家族的ともいわれる古き日本型経営システムならでは、の逸話である。
司馬遼太郎の随筆集「アメリカ素描」(昭和61年)に、この常磐炭坑のハワイアンセンターのことが書かれている。次のような行である。
「日本の場合、しばしば資本は人間の顔をしている。たとえば石炭の時代が終わって、常磐炭田が無力化したとき、従業員を食べさせるためにもー、会社ぐる みでレジャー産業に転換した。平に行けば、採炭現場にいた人がウェーターになり、それらの家族や娘や孫が、フラダンスを踊っている」(215頁)
この行は、司馬がフィラデルフィアを見た印象を書いたところにあり、かつて鉄鋼・造船・機械・鉄道等の工場地帯であったフィラデルフィアが時代の流れの 中で衰退し、廃業した向上の建物がそのまま放置され、「河畔にながながと残骸の列を並べている」様子を見て、アメリカと日本の資本主義の有様の相違を述べ たものである。
司馬は、アメリカの資本主義について、「資本というものの性格のきつさが、日本と比べ者にならないということもある。この社会では資本はその論理でのみ考え、うごき、他の感情を持たない」と評している。
しかし、このアメリカ流の「資本の論理」だけで動く資本主義が、グローバリゼーションのもとで、新自由主義の名のもとに世界に広がり、日本にも押し寄せてきていることは、周知のところであろう。
それにしても、蒼井優。キャノンのプリンターの宣伝も、TSUBAKIのコマーシャルも言い。(なお、蒼井優の「笑顔の秘密」については、パピルス5月号に特集があるので、関心の向きはどうぞ)

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