選択的夫婦別姓を考える(東京地裁判決から)
2021年6月17日
2021年4月21日、夫婦別姓に関して東京地裁で興味深い判決がありました。アメリカで、アメリカの方式で婚姻した日本人夫婦が、日本の戸籍に夫婦であることを記載するよう求めた裁判で、「婚姻は有効であるが、戸籍への記載は認めない」という判決を出したのです。
日本の民法では「夫婦は、・・・夫又は妻の氏を称する。」(750条)とされており、役所に婚姻届を出すときに、必ず、どちらかの姓を選択しなければなりません(そうでないと受理されません)。これが強制的夫婦同姓と言われるものです。形の上では、任意にどちらかを選択することになっていますので、男女差別の規定ではない、と言われていますが、圧倒的多数が男性の姓に統一させられていることはご承知の通りです。
夫婦の同姓を強制する現行法に対しては、いろいろな形で裁判が起こされていますが、冒頭の判決は、新たな形で貴重な成果を挙げた事例になります
この判決を理解するためには、諸国間の法律の扱いについて知っておく必要があります。すべての法制度について、各国が独自のルールを作っていますので、国によって扱いが異なることは当然予定されています。例えば、婚姻年齢も違いますし、重婚(一夫多妻制)を認める国もあります。このような、国により異なるルールを調整するために「法の適用に関する通則法」(通則法)という法律があります。
今回の裁判で問題となるのは、婚姻の方式についての扱いです。通則法には「婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による。」とあって、アメリカ在住時に、アメリカの方式で婚姻を挙行した場合には、日本においても有効な婚姻とされることになります。本件の夫妻はまさにこのことを主張していました。これに対して国は、「同姓にすることの合意」もまた「婚姻の意思」に含まれるので、婚姻の意思(合意)がない、と主張して、本件夫妻の婚姻が有効であることを争いました。
この点について東京地裁は、婚姻の際の姓の選択は「婚姻の方式」であることを前提に、アメリカの方式で婚姻を挙行した以上、通則法によって、有効な婚姻であることを認めたのです。極めて当然の判断だとは思いますが、これまでに最高裁は「姓の同一は『婚姻の効力』であって婚姻を妨げるものではないから民法750条は合憲」という判決を出していましたので(2015年最高裁判決)、本件の判断が注目されていました。
本件判決は、原告夫妻の婚姻の有効性は認めたものの、戸籍への記載を求める請求や慰謝料請求については認めませんでしたので、結論としては原告夫妻の敗訴判決となっています。これに対して原告夫妻は控訴を申し立てませんでしたので、東京地裁の判決が確定しました(裁判で勝訴した当事者は、いくら理由中の判断に不服があっても控訴できない仕組みになっています)。つまり、婚姻が有効であるという判断が確定したのです。
もちろん、これによって直ちに法律的な効果(強制力)があるわけではありませんので、今後例えば、相続や医療行為の同意などの場面で、その都度法律上の夫婦であることを主張して、夫婦としての法律上・事実上の効果を享受していくことになると思います。そのこと自体、とても大変なことだと想像できます
この事態を振り返って考えるに、やはり夫婦同姓を強制する法制度の矛盾を指摘せざるを得ません。日本以外で夫婦同姓を強制する法制度は、(政府が調べた限りでは)ないと言われています。そのような世界の常識の中で、外国の方式で結婚したために「婚姻は有効だが戸籍には記載されない」という夫婦がこれからも存在する、あるいは増えていくとしたら、戸籍の公証機能(身分関係を証明する機能)は失われてしまいます。
そしてまた、上記のように、仮に法律的に有効だとしてもそのことを証明する簡易な方法(戸籍への記載)がない以上、様々な困難が待ち受けていることでしょう。
まさに法の不備ともいうべき事態であり、これを避けるためにも、婚姻に際して同姓か別姓を自由に選択できる制度を早急に作って、身分関係が戸籍に反映されるようにすることが不可欠だと思います。
女性が姓を変えることを事実上強制されている実態の不都合さはこれまで散々言われてきましたが、本件判決によってますます法の不備・不整合が明らかとなり、選択的夫婦別姓の導入は、機が熟した、待ったなしの課題になったと思います。
弁護士 伊藤勤也(名古屋北法律事務所)
(「新婦人北支部・機関誌」へ寄稿した原稿を転機しています)