子どもを巡る法律問題〜(5) ハーグ条約
2012年11月26日
「ハーグ条約」について
(1)前回のメルマガで、夫婦・元夫婦の間での「子の引渡し」については、家事手続や人身保護法に基づく請求ができるとお書きしました。
ところで、最近では、国際結婚も珍しくなくなってきましたね。
国際結婚の場合にも、当然、どちらかが子どもを連れ去ってしまった場合には「子の引渡し」が問題になってきます。
ただし、国際結婚の場合には、国境を越えた連れ去りが生じる場合があり得ます。
例えば、外国で外国人と結婚した日本人の親が子どもを日本に連れ去ってしまったケースや、日本で暮らしていた外国人の親が子どもを外国に連れ去ってしまったケースなどが考えられます。
このように国境を越えて子どもの連れ去りが行われた場合、国内法に基づいては何の請求もできないため、多くの場合、長期間が経過するうちに 子どもが新たな生活に馴染んでしまい、不法な連れ去りが「逃げ得」になってしまいます。そのため、こうしたケースにどう対処するか、ということが、近年問題になっています。
(2) 1980年、ハーグ国際司法会議で「ハーグ条約」が採択されました。正式名称は、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」といいます。
この条約は、不法に他国に連れ去られた16歳未満の子どもを、連れ去られる前にその子が居住していた地に速やかに帰すことができるように、必要な国際協力のシステムや子の返還を命ずる手続などを規定しています。
(3) どのような手続になるのか、例を挙げてみます。
国際結婚をした夫婦(A国人とB国人)がいて、A国で暮らしていたところ、B国人の親が子どもをB国に連れ去ってしまったとします。A国とB国はどちらもハーグ条約を締結している国です。
このとき、A国人の親は、条約の締約国の担当行政機関(条約では「中央当局」とされています)に対して救助の申立てをすることができます。この申立ては、A国に対して行ってもいいですし、B国でも、外の締約国の中央当局でも構いません。
救助の申立てがされると、A国の担当行政機関としては、B国の中央当局に申立てがあったことを伝え、B国と協力しながら、子を発見し、任意に引渡しがされるように働きかけたり、親に助言を与えたり、裁判所に対して申立てをしたりしなければなりません。
子どもが現在いる場所の裁判所は、申立てがなされた場合には、不法な連れ去りから1年以内であれば、例外的な場合にあたらないかぎり、直ちに子の返還を命じます。1年を経過していても、子どもが新しい環境に馴染んでいることが証明されない限り、返還を命じることとされています。
(4) 注意が必要な点ですが、このハーグ条約は、子どもの監護権がどちらの親にあるか、を決定するためのものではありません。子どもの監護権について判断するには、それまでの子どもの成育環境など様々な事情を考慮する必要があります。
そうした事情をより適切に判断できるのは、子どもの「常居所」(平常の居所)のある国であるはずだ、という観点から、まずは迅速に子どもを戻そう、という制度として作られています。
(5) 現在、いわゆる「先進国」はすべてハーグ条約を締結しています。
日本は、まだ締結には至っていませんが、2011年5月に締結するという方針を打ち出し、国内法の整備に向けて準備を進めていました。2012年3月には国会にハーグ条約と関連法案が国会に提出され、現在審議中です。
ハーグ条約を締結すべきかどうかについては、現在でも、様々に議論されています。
賛成の意見としては、国際的な子どもの連れ去り事案を解決するためのルールとして意義があることや、日本人が子どもを連れて帰国する例が現在でも起きているため、他国から締結を求められているという現状が指摘されています。
他方、反対する意見としては、日本では諸外国と異なり離婚後の夫婦はどちらか一方が単独で親権をもつとされているため、日本人の親には子どもを連れて実家に帰国することが違法だとは考えられてこなかった点、海外でDVを受けて子どもを連れて日本に帰国した母親が、再び夫のいる国へ子どもを連れて戻らなければならなくなり得る点などが挙げられています。
難しい課題がいろいろありますが、「子どもにとっての最善の利益」を実現する、という観点から、今後も議論を深めていく必要のある問題です。
2012/11/6
弁護士 矢崎暁子
(ホウネットメールマガジンより転載)
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連載「子どもを巡る法律問題〜(1)親権」の記事は↓↓↓
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「子どもを巡る法律問題〜(2)離婚後の親子の面会交流」の記事は↓↓↓
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「子どもを巡る法律問題〜(3)養育費」の記事は↓↓↓
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「子どもを巡る法律問題〜(4)子の引き渡し」の記事は↓↓↓