中小企業と金融商品取引被害(5)−金融ADR活用の事例−
2013年8月2日
これまで2回にわたって金融ADRの概要について説明してきましたが、その締めくくりとして名古屋北法律事務所における金融ADRの活用事例をご紹介します。
被害者は、タイル販売などを業とする従業員20数名のA社です。A社は、平成18年に、メインバンクであった大手都市銀行から為替デリバティブ取引の勧誘を受けました。
「為替デリバティブ」については第1回で説明しましたが、「あらかじめ取り決めた為替レートで外貨を売買する契約を銀行と結んでおく」というものです。もともとは為替相場によって業績変動が起きないようにするためのリスク回避商品でしたが、当時の大手銀行は、「円安が続けば利益を見込める運用商品」として、外貨を必要としない中小企業にも販売先を広げていました。
今回の被害者も、まさにそうした「外貨を必要としない中小企業」でしたが、銀行の担当者は、A社に対し、「ドル相場が○○円を割らなければ毎月30万円がA社に入る」「最近の為替相場の推移からすれば1ドルが○○円を割ることはまずない」などと巧みに勧誘し、契約締結に至らせたのです。
しかしその後、リーマンショックを境に予想外の円高傾向が進み、A社は毎月500万円前後の損失を被る深刻な事態に陥りました。この取引の恐ろしいところは、円高が進めば進むほど損失が無限に大きくなること、拘束期間が長くしかも中途解約のためには多額の清算金が必要となることです。
倒産の危機に瀕したA社は、当事務所を代理人として、全国銀行協会に対する金融ADRの申立てを行いました。審理の中では、A社が円安リスクを回避する必要性の乏しい(つまり、本来であれば勧誘すること自体望ましくない)企業であること、事業規模に照らして、為替デリバティブの取引期間や取引量が過大であったこと、銀行担当者によるA社の事前調査が不十分であったことなどが認められ、解約清算金の相当部分を銀行側に負担させる和解案が提示されました。A社は、この和解案を受け入れ、長期間続いた取引の拘束から逃れることに成功しました。
本件の事案のように、大手銀行といえども無茶な契約を勧誘する例は珍しくありません。金融商品に関する困りごとがある場合には、ぜひ一度金融ADRの利用を検討すると良いでしょう。
2013/06/24
弁護士 鈴木哲郎
(ホウネット中小企業メールマガジンより転載)