ある刑事事件〜誠実さが運命を分ける
2006年7月18日
検察官求刑よりも重い刑
Aさんは、ある雪の降る冬の日、スタッドレスタイヤを装着して国道を走行中、カーブでハンドルを切りそこない、反対車線に進入して対抗車と衝突し、相手車両の運転手を死亡させてしまい、業務上過失致死という罪名で起訴されていました。
この事件の控訴審で国選弁護人に選任された私は、第一審の記録を見て驚きました。一審判決は禁錮二年の実刑でしたが、これは検察官の求刑意見より重いものでした。
記録を精査すると、たしかに、被害者の死亡という重大な結果や任意保険が切れていたため被害弁償が十分にできていないことなど、悪い情状が重なっているとはいえ、検察官求刑よりも重い刑を課すのはどうかと思える事案でした。
誠実さが運命を分けた!
他方、控訴審で執行猶予判決を得ることができるかと問われると、過去の経験上非常に困難な事案であることも正直なところであり、Aさんにもその旨説明しました。
Aさんは、派遣社員として働いていましたが、収入は少なく、まとまった金額の慰謝料を支払うことができませんでした。しかし第一審判決直後から国選弁護人がつくまでの間に、積極的に自分で被害者遺族と連絡を取って示談交渉を行い、十数年の分割で支払うことで示談してもいいという回答が遺族から得られました。私が弁護人についたのはこの示談合意がほぼ確定した時でした。Aさんは、「示談しても結局執行猶予は無理なのでは」、「どうせ実刑だろう」などと悩み自暴自棄にもなりかけました。私も執行猶予がつくことには懐疑的でしたので、「大丈夫だ」と断言して安心させられませんでした。しかしAさんは、最終的に、「判決がどうあろうとも、自分が示すことができる精一杯の誠意として示談を成立させよう」という心境に至り、公正証書作成にこぎつけました。
その結果、控訴審の判決では、刑の期間が短くなったうえに執行猶予付きの判決を得ることができました。現在の仕事も失うことなく、仕事を続けながら約束した分割金の支払を行っています。
この事件を通じて、弁護士としての狭い経験を過大視することなく、簡単にあきらめず、また過度に打算的にならずに誠意を尽くせば、相手や裁判官の理解を得られること、道は開けるということを感じました。今後の刑事弁護事件の糧としたいと思います。
弁護士 伊藤勤也